「フルマラソンを走りきると本気で泣けるかもしれない」
今まで、嫌なことしんどいことなどから逃げ続け、楽に生きてきた人生で人が死んだ時くらいしか本気泣きしてこなかった自分
“高校野球など見ていて負けて泣ける姿にあこがれていた”
そんな自分に与えた課題が、昔から人生で1度は走ってみたいと思っていたフルマラソンへの挑戦でした。
42.195キロ
誰がこんな中途半端な距離にしたのかわかりませんが、走ると神が見えるなんて話もチラホラ聞くなか、自分も走ってみたい!!と初めて思ったのは陸上部で長距離(といってもこの頃は3キロとか5キロでした)をやっていた中学生の頃
でも、その道のりは決して平坦なものではなく、レースの約1ヵ月前(11/1)の練習中に突然左ひざに違和感を感じ、それが痛みに。
過去の経験的には2~3日で治るだろうと思っていたケガが1ヶ月経っても完治せず、ヒザに大きな不安を抱えたまま沖縄入り。
1日目の夜は、仕事を忘れて上陸した開放感と久しぶりに戻ってきた懐かしさなどでテンションが上がり、いつもの飲み屋さんでお酒を飲んでワイワイタイム。
お店のママがNAHAマラソンに出るために沖縄入りしたことなどをお店のお客さんに話をすると、「なんでわざわざしんどい思いをしに沖縄に来たの??」なんて冗談を言われたりしましたが、多くの人達から頑張ってね♪と応援してもらいました
そのお店の常連さんで、過去にNAHAマラソンに出場し、32キロ地点で途中リタイヤ経験のあるお兄さんがいて、「折り返しまではずっと坂道だから周りのペースに惑わされないようにゆっくり走れば大丈夫」などなど色々とアドバイスしてもらい、激励していただきました。
(ちなみに、この時ママが家族を連れてバナナを持って待ってるからと約束してくれました)
まぁ正直これまでハーフマラソンしか走ったことがないのに、多くの人に応援していただくと頑張らなきゃ!!という気持ち以上に不安がいっぱいで、翌日(土曜日)は非常に井が痛かった。
そんなマラソン前日は、リラックスするために久高島という離島を訪れ、自転車で島を一周するなり観光TIME。
夕方ホテルに戻り、ゼッケンなどをもらいにスタート会場である奥武山公園へ
ゆいレールの中から、“この人絶対にマラソンに行く人だ”ということがわかる人が大勢いるなか、受付を済ませゼッケンと参加記念Tシャツを受け取る。そのあとは、緊張をほぐすために国際通りの居酒屋にてオリオンビールで軽くカンパイ!!
そして午後10時30分、沖縄に何度も来てますが絶対に今までで1番早い就寝。
そして決戦の朝、朝6時に起きてホテルの朝食会場へ
すると、人・人・人・人
同じホテルに泊まっていたランナーたちで朝食会場が埋め尽くされていました。
炭水化物を中心とした朝食を心がけ、腹6分目でごちそうさま
部屋に戻り、左ひざに「今日はがんばってくれよ!!」と声をかけながらガチガチにテーピング
そしてCW-Xを履いて準備完了
(ちなみにこの日の格好はオレンジTシャツ+CW-Xです)
ホテルをあとにし、ゆいレールに揺られて奥武山公園へ
(ゆいレールの中も乗客の9割がマラソンランナーでした)
公園に着くと、すげぇーな!すげぇーな!と参加者の多さに驚くばかり
ランニングして体を暖める参加者を横目に、走れない私は入念にストレッチを行い、そのあとスタートの列に整列
なんせ3万人が一斉にスタートするんですから、スタートもすごいの☆
人・人・人・人
満員電車のような人口密集が2キロくらい続いているんだから、マラソン愛好家の数に驚き!!
そして運命のスタート時間である9時
カウントダウンのあと、那覇市長・サッカー選手のガナハ選手、北京五輪の重量挙げ代表選手がスタートの鐘を鳴らしてスタート!!
カウントダウンも
「5・4・3・2・1…スタート!!」
で参加者・沿道の人達もみんな拍手で大盛り上がり
でも、そこから10分ほどは何も動かず、結局スタート地点で那覇市長を見たのは20分後くらい(だから正式には6時間切ってるんだよ)
スタートし、コースというより人だらけの中を入り、国際通りに。ここでは沖縄プロレスの覆面レスラーの人がいるなど、多くのユニークな応援を受けて走っていたんですが、その辺りから故障していた左ひざに痛みが!!!
やばっ!!
もともと故障していた左ひざの機嫌がよろしくないようで…(ノ△T)
『おぃおぃまだ2キロだよ!あと40キロも残ってるんだよ!!』と左ひざに訴えかけるも機嫌がよくなることはなく★
しかし、1カ月間ずっとこの痛さと向き合い&付き合ってきたし、しっかりテーピングをしたので、ジョギングペースでならなんとか走れるだろうと思い、7分/キロというゆっくりペースを出来る限り維持しよう!!と決めました☆
序盤は給水などで多少のもたつきはありましたが、決めたペースを維持しながら沿道で応援してくれる人たちとハイタッチをしたり、YMCAを踊ったりと楽しみながら走ってましたε=ε=┏( ・▽・)┛
しかしNAHAマラソンの前半はアップダウンが続く感じ★
ひざ的には上りよりも下りが大変(°□°;)
“これ以上ひざに負担をかけないように”と、かばいもって走るものだから右足には大きな負担が
(まぁ前半部分ではそれほど出てくることはなかったんですけどね)
結局、左ひざ痛をかばいながら、うまくごまかしてハーフまでは1度も止まることなく7~8分/キロでジョギングし、平和祈念公園内にある中間地点2時間40分くらいで通過
ε=ε=┏( ・_・)┛
(ハーフマラソンが1時間45分だったので、非常にペースは悪い)
その間も沿道では暖かい声援が途絶えることなく、水・黒糖・塩などのサービスだけでなく、19キロ辺り(だったと思うんですが)缶詰めのパイナップルをタッパーに詰めたお母さんがいて、そのパイナップルの美味いこと美味いこと☆(≧∇≦)
缶詰めだから、沖縄で食べたからとかではなく、気温が上がり疲れが出始めた頃に食べるから、あの“究極の逸品”になるんだと思います(o^∀^o)
中間地点では水に黒糖・キットカットを口にし、これから訪れる未知の領域を『これで半分なんだからあとハーフを走ればゴールだ瀨』なんて軽い考えでいた島ジロー(∋_∈)
しかし、この辺りからコースの外でストレッチを兼ねて休憩する人や、へばって座り込む人が目立つようになってくる
そして公園を出ようと気張ると
“パチッ♪”
という、外には絶対に聞こえない音が鳴り、右足のふくらはぎに500円玉くらいの違和感が(°□°;)
そこからは【走って→500円玉違和感がピリピリし→歩く】の繰り返しで、自然とタイムが落ち、それまではすぐに感じていた1キロごとの表示板が遠く長く感じるようになっていきました
(これが悪夢の始まりです)
足に新たな違和感が生まれ、スピードが乗ってこないと、走ることに楽しさを感じれなくなってきますp(´⌒`q)
それまでは応援してくれる沿道の子どもや学生さんとハイタッチをしたり、景色を楽しみながら、楽しく走っていたんですε=ε=┏(o^∀^o)┛
が、25キロ地点くらいの【ひめゆりの塔】辺りから、景色を見ている余裕がなくなり、周りの歓声に応える“心のゆとり”もありませんでした(>Σ<)
カラダに余裕がなくなる→心の余裕もなくなる→しんどくなる→タイムが落ちる→心の余裕がなくなる→カラダに余裕が…
ってな感じで、30キロに届かない前から、負のスパイラルに陥り、ドンドン②気持ちも体も滅入ってきたんです(┳◇┳)
『これがいわゆる【35キロの壁】なのか!?』なんて、30キロ地点にも立っていないマラソン初心者に立ちはだかる初めての壁…p(´⌒`q)
そこに追い打ちをかけるように、足切り制限時間を伝える係員の声
『あと3キロを●●分で走らないと危ないですよ』
(もぅ必死で何分だったかあんまり記憶がありませんm(_ _)m)
ですが、左ひざ&右ひざ&右足首&右ふくらはぎがすでに激痛状態で、9分/キロまでタイムが落ちている私にとって、計算してみても非常に厳しいタイム★
『ここでダメかもしれない…』
『こんな状態でよく頑張ったよ…』
なんてリタイアバスに乗ることしか頭をよぎらない“超”弱気モードに(ノ△T)
そんな私を救ってくれたのが、一緒にマラソンを走っているランナーたちでした☆(o^∀^o)
エコハウスと書いた緑Tシャツを着た同じ年くらいの女性ペア
私と同じように両足を引きずりながらも絶対に諦めていないランニングウェアのおじさん☆などなど挙げだせばキリがないくらいいてるんですが、1番心を打たれたのが伴走者さんと共に走る盲目ランナーさん
伴走者さんの持つタスキを握り走っているおじさん
『このペースで大丈夫ですよ』と伴走者が声をかけもって確実に一歩一歩ゴールに向かって走る姿を見て、人と人との絆の熱さに感動したばかりでなく『諦めちゃいけない!!』と思ったんです
そしてそこからも沿道の人が持っているエアサロンパスで、両足をキンキンに冷やしてはジョギングし、激痛が回復してくるとエアサロンパスに向けて歩くというペースは変わらないものの、目標はリタイアバスではなくゴールに変わっていましたε=ε=┏( ゜_゜)┛
そのおかげか、糸満市の制限関門を10分ほどの余裕をもって通過し、“35キロの壁”の1キロも激痛に耐えながら11分11秒47で通過
これはいける!!
ここでゴールできると確信した私は、ペースを上げようとちょうど前にいたサンタミニワンピースを着たお姉さんランナーについていくことに(o^∀^o)
そぅとっさに“痛いのなんてエロパワーで乗り切っちゃえ作戦”を取ったのです(笑)
とりあえず違うことに集中していれば激痛も緩和されるはずという作戦は見事的中!(b^ー°)
35キロから37キロまでの2キロは、7分台中盤で走れてました☆
恐るべしエロパワー(゜∀゜;ノ)ノ
しかし、そのエロパワーも37キロ地点を通過してすぐにEND
小石に足を引っ掛けて、右足にこれまでにない激痛が!!!
それまでいい感じに戻ってきたスピードが一気にダウンし、それと同時に右足ふくらはぎの違和感がドンドンと強くなり・・・
ピキッ!!!!
痛っ!!
痛っ!!!
痛っ!!!!
痛っ!!!!!
痛てぇ!!!!!!!!!!!!!!!
右足がコブラ返りのような状態になり、悶絶しそのまま路上に倒れこむ
痛っ!!痛っ!!!痛っ!!!!痛っ!!!!!
痛っ!!痛っ!!!痛っ!!!!痛っ!!!!!
痛っ!!痛っ!!!痛っ!!!!痛っ!!!!!
もがき苦しむ私を見た路上のおじさんが「足つったのか??兄ちゃん大丈夫か??」
と駆け寄ってきてくれて、周りにいたお姉さんたちに声をかけ5人がかりで持ち上げて側道に運んでくれました
痛っ!!痛っ!!!痛っ!!!!痛っ!!!!!
痛っ!!痛っ!!!痛っ!!!!痛っ!!!!!
その間ももがき苦しむオイラを見ておじさんが全体重をかけて右足首を手前に
お姉さんたちはエアサロンパスを持っている人を探して走り回ったり、コンビニにジュースを買いに行ってくれたり…
そして1人のお姉さんがエアサロンパスを持った少年を連れてオイラのもとへ
懸命の治療を受けたおかげで、ようやく少し足の痛みがマシになってきて側道で寝ていると「塩分取れるし、疲れにも効くと思うのでこの梅干しを食べてください」とお姉さんが梅干をくれたんです。
激痛が走った時は「もうゴールは絶対に無理だ」と思っていたんですが、初めて会った俺のためにここまで必死に色々してくれる“人の優しさ”に感動し号泣寸前(;_;)
こんな経験は生まれて初めてで、諦めかけていた心に“この人達のためにも絶対にゴールしなきゃ!!!”というムチが入りました。
結局ここで5分以上休憩し、ずっと②頭を下げて感謝の気持ちを伝えコースに戻る
「兄ちゃん、歩いても間に合うからもぅ絶対に走っちゃダメだよ」
と助けてもらったおじさんに何度も釘をさされるが、走っても間に合うかどうかということは分かっている私はホントにホントにおじさんに悪いと思いながらも、おじさんの見えなくなるところまで歩いて、そのあとまた走り出しました。
40キロ辺りで、前々日に約束していたとおり、飲み屋のママさんが家族総出で応援してくれていました(o^∀^o)
このマラソンを走っていて、初の知り合いからの声援☆
足の状態と制限時間を考えるとゆっくり話をしている時間などはなく、『ありがとうo(^-^)oってか、来るの遅くなってゴメンね』と謝り、ママから栄養ドリンクとリンゴをいただき、残り2キロ弱。
絶対に完走してメダルをゲットしてやる!!熱い気持ちに燃料を再注入し、足を進めるが1歩1歩動くたびに激痛が押し寄せ、歩いてるか走ってるかわからない状態
しかも、ラスト2キロが異様に長いんです(まぁ長く感じてるだけなんですけどね★)
しかし、応援してくれている人達のためにも絶対に止まっちゃいけない(ノ><)ノ
最後の2キロは11分24秒、16分15秒とホント歩いたほうが早いくらいのスピードでした
でもそれは、ひとりひとり沿道で応援してくれる人達にお礼とハイタッチで応え、地元テレビ局の生放送にも登場した結果
(ここまで来ればタイムよりちゃんとゴールまでたどり着いたことを報告し、感謝しなきゃね)
で、ゴールのあるグラウンドに入ったときは、涙は出ないものの半ベソ状態(ρ_;)
残り300メートルくらいのグラウンド
みんなは最後の気力を振り絞ってダッシュしてる人もいましたが、ダッシュができない俺は“人の優しさに感謝なマラソン”を噛みしめながら、6時間7分43秒でゴール\(^ー^)/
やった(ノ><)ノ
やった( ̄∀ ̄)
右こぶしを天に突き付けゴールしたとこまではいいんですが、数十メートル歩いたところで、緊張の糸みたいなものがプッツーンと切れ、グラウンド中央にバタッと倒れ込みました
ラスト300メートルであれだけ半ベソになってたんだから、泣ける☆と思ってたんですが、正直数分間の記憶はあんまりなく、とりあえず結果には【男泣き<疲労が凝縮された充実感】のような状態で、涙より達成感でアタマが100%でした(*^o^*)
NAHAマラソンは制限時間は6時間15分なので、私がゴールしてから数分で制限時間に★
せっかくだから最後まで見届けてあげようと思い、ヨロヨロ移動してゴールの見える位置に
ゴールでは『制限時間終了まで10秒前!9!8!…』とカウントダウンが
全力ダッシュで制限時間ギリギリにゴール駆け込んだ人や、時間に少し間に合わなかったひと、間に合わなくてもゴールをきれたことに感動している人など、色々
これを見て、参加した3万人には3万通りのドラマがあるんだなと改めて実感☆(=゜-゜)(=。_。)
そのあとヨロヨロと記録証をもらい、その記録証を片手に念願だった完走記念メダルを受け取る
琉球ガラスで作った完走記念メダルを首にかけてもらった時の感動は、格別のものでした(ノ△T)
そのあと同行していたメンバーと合流し、芝生に30分ほど寝転がって休息( ~っ~)/
体の8割以上が痛いなか、完走の余韻に浸りきっておりました(o^∀^o)
結果的に、私のドラマは本来の目的だった“男泣き・号泣”こそできなかったものの、完走できましたし、数え切れないほどの人の優しさに触れ、確実に人生観は変わりました☆(o^∀^o)
走り終わったあとは、経験をしたことのない激痛でロクに歩けない苦しみだったので『マラソン当分いいゃ』と思っていたんですが、時間の経過と比例し『また走りたい』という気持ちが大きくなっております☆(o^∀^o)
たぶんドMなんだろうね (゜∀゜;ノ)ノ
とりあえず年内は走らずに負傷した両足の治療に努めて、年明けから少しずつスタミナとケガをしない体作りに励みたいと思います
ε=ε=┏ (o^∀^o)┛
とりあえず次は1月11日に地元ランニングサークルのメンバーで、山道を走るクロスカントリー(10キロ)に出ます☆
おいっ!!全く練習してねぇぞ(°□°;)
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